観光厚生常任委員会の視察 二日目 平泉町について

少々遅れたご報告で恐縮ですが、観光厚生常任委員会行政視察の二日目「平泉町」についてご報告します。 

平泉町にある『平泉 -仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群』は平成23年6月26日(現地時間25日)にユネスコ 世界遺産委員会で世界文化遺産に登録することが決まりました。今回の行政視察では観光という観点から平泉を訪問することになっていました。なお、世界遺産に今年登録されたということもあり、文教常任委員会とは平泉町役場で合流しました。 

平泉町からは町長、議長、観光商工課補佐、世界遺産推進担当補佐、議会事務局長が出迎えてもらいました。 

配付された資料について(JPEGでアップしたところ、うまくできないためPDFでアップします)

〇「平泉の文化遺産」世界遺産登録までの取り組み  111027平泉002をダウンロード

この資料は世界遺産に登録されるまでの流れが記載されています。担当者の説明は次の通り

(1)平成15年の動き=文化的景観とした方が登録されやすいことがわかった、周辺の一関市、奥州市も加えた、文化的カテゴリーの属する。

(2)平成19年8月26日~29日に石見銀山、平泉のイコモス(国際記念物遺跡会議=1965年に発足した非政府国際機関で、遺跡や建造物の保存を目的とする。推薦された文化遺産に対し、調査に基づいて専門的評価、調査を行い、世界遺産委員会に協力している。)による現地調査が行われた。その際にイコモスから質問状が届いた。平泉について理解してもらっていないところがあると思い、資料を添えた。石見銀山は逆転登録したが、平泉はだめだった。

(3)平成20年7月7日 文化庁は平成23年登録を目指し平泉の再推薦を表明したが、その際には平泉と同様の施設(例えば、鎌倉)の推薦は平泉がうまくいかなかったらもう推薦はしないという決意だった。

(4)平成21年2月21~23日の国際専門家会議では「中世都市のさきがけ」という表現よりは、都市の遺産とは言えないので「政治・行政上の拠点」とした方がいいとアドバイスを受けた。外国の専門家の意見は早く聞いておいた方がいい。イコモスの外国人がどう見るかは、日本人が考えるより外国人の目から見た方が近道ということ。

(5)受験は1年ごとだが、世界遺産は3年ごと。

(6)平成21年推薦書作成委員会での指摘で「範囲が広すぎる(二市一町)」とあり、平泉町に絞り他の二市の5つの資産は後で追加、即ち「暫定リスト」に載せ直すことを目指すこととした。

(7)平成22年9月7~9日のイコモス現地調査では、保存管理に厳しい注文を受けた。また、平泉の世界遺産への登録を勧告したものの、柳之御所遺跡の除外が条件となった。なお、2つの庭園の発掘調査については事前にイコモスの評価を受けることも指摘された。

(参考)イコモスからの主な指摘の概略 から引用開始

イコモスからの主な指摘の概略
① 完全性・真実性について
鉄塔や建築物等により資産の価値に対する悪影響がみられるものの、完全性と真実性は担保されているとされた。

② 顕著な普遍的価値について
金色堂を含む中尊寺、毛越寺をはじめとする4つの庭園(※)及び金鶏山については仏国土(浄土)を表す資産として顕著な普遍的価値が認められるとされた。(※)中尊寺(大池跡)、毛越寺、観自在王院跡、無量光院跡

③ 基準ⅱ)の適用について
イコモスの評価結果においては、平泉の寺院と浄土庭園は、アジアの仏教と日本独特の自然信仰、神道が相まった作庭技術が日本独特の庭園意匠となって顕著な事例になったことを示していると考えられるが、柳之御所遺跡については評価基準(ⅱ)にどのように寄与しているか証明されていないと指摘された。

④ 基準ⅳ)の適用について
イコモスの評価結果においては、浄土思想を現世に顕在化しようとした意図を平泉の浄土庭園と寺院群に見ることがことができるが、そのような事例は同時代の朝鮮半島にも見ることができる。日本の浄土庭園の特質は、仏教が日本独自の伝統と融合した点にあり、人類の歴史の特定の時期を示すものではないので、評価基準(ⅳ)は、適合しないと指摘された。

⑤ 基準ⅵ)の適用について
イコモスの評価結果においては、浄土庭園には仏教と日本の自然信仰の融合が明確に表現されており、評価基準(ⅵ)において、浄土思想は、日本のみならず東南アジアにも影響を与えた顕著な普遍的な意味をもつ思想であると考えられると指摘された。(別添)

柳之御所遺跡について
推薦書においては、「為政者としての奥州藤原氏が仏教に基づく理想世界の実現を目指し、平泉の造営を進める上での重要な起点となったのみならず、初代清衡が造営した中尊寺金色堂、秀衡が造営した無量光院など、仏国土(浄土)を空間的に表現する建築・庭園とも空間上の緊密な位置関係を持っていた」ことから、柳之御所遺跡は「資
産の主題を説明する上で不可欠の構成資産(遺跡)である」と説明した。しかし、イコモスの評価結果においては、浄土思想との直接的な関連性の点から、本資産の顕著な普遍的価値の一部をなすものとは認められないため、資産から除外することが適当とされた。

⑦ 資産に影響を与える要因について
イコモスの評価結果においては、道路建設などの開発行為が資産に影響する可能性があり、開発行為の実施に当たっては遺産への影響評価(各構成資産への影響及び構成資産と金鶏山との視覚的結びつきへの影響など)が必要であると指摘された。

⑧ 推薦資産の範囲と緩衝地帯について、その保存手法について
イコモスの評価結果においては、いずれも適切であるとされたが、さらに各構成資産間の視覚的結びつきについての保護を強化することの重要性が指摘された。

⑨ 資産の名称について
推薦書では、その名称を「平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」としている。
⇒ イコモスの評価結果においては、「平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園」
(仮訳:Hiraizumi – Temples and Gardens Representing the Buddhist Pure Lnad)への変更を勧告された。

⑩ そのほかの指摘事項
中尊寺及び無量光院跡の庭園の発掘調査については、事前にイコモスの評価を受けること
○考古学的遺跡の保護を積極的に行うこと
○各資産への影響を慎重に調査した上で、適正な見学者の管理手法を策定すること(別添)

以上、引用終わり

また、平成20年の石見銀山と平泉の明暗については、平成23年10月27日の朝日新聞グローブ『世界遺産というパワーゲーム 01「人類全体が守るべきもの」を決める裏には熾烈な駆け引きがある』に詳しい記載があるのでご紹介します。

以下、引用開始

『世界遺産というパワーゲーム 01「人類全体が守るべきもの」を決める裏には熾烈な駆け引きがある』

2009年3月2日 NO.11 朝日新聞グローブ

[Part1] 「登録を支持する」。連絡があったのは、決定会合当日の朝だった http://globe.asahi.com/feature/090302/01_1.html

1人のベテラン外交官の肩に、過疎と高齢化にあえぐ「地方」の宿願がかかっていた。
07年6月、ニュージーランドのクライストチャーチ。世界遺産委員会の会場の一角に、ユネスコ代表部大使(当時)近藤誠一の緊張した顔があった。日本で 14番目の世界遺産に、島根県大田市の石見銀山が登録されるか、どうか。審査は最終局面を迎えていた。(写真略)

石見銀山の坑道を歩く観光客

日本はそれまで、世界遺産に申請すればすんなり登録される「13連勝」を誇ってきた。ところが、石見銀山で初めてつまずく。クライスト チャーチでの会議のひと月ほど前、世界遺産委員会の諮問機関「イコモス」から「きわだった普遍的価値があるのか、はっきりしない」と疑問符がつけられ、 「登録延期」を勧告されたのだ。
世界遺産の格付けは「登録」、翌年の再審査の対象となる「情報照会」、「登録延期」「不登録」の4段階。クライストチャーチでの最終審査で、せめて「情報 照会」に踏みとどまって希望をつなげるのか、あるいは2階級特進で、めでたく「登録」となるのかどうか、関係者は固唾をのんで見守った。前年の06年に2 階級特進で登録に至ったのは2件しかなかった。

話は96年にさかのぼる。
「石見銀山を世界遺産に」という構想は、当時の島根県知事が打ち上げた。翌年の大田市長選では、登録実現を公約に掲げた現職が再選された。登録されたら、 06年には30万人台だった観光客が50万人を超えるはず、と市はその経済効果を試算した。他にこれといった産業を持たない人口3万~4万人の中山間地に とって、地域振興の「切り札」と期待された。
ところが、登録延期の勧告。市長は「世界遺産登録に向け、外務省、文化庁と連携して可能な限りの取り組みを続ける」と談話を出したが、地元選出の政治家や住民らの落胆は隠しようもなかった。
一時帰国した近藤は、島根県出身の有力政治家で、自民党の参議院議員会長だった青木幹雄と東京で会った。「できるだけ一つよろしく」と青木は近藤の踏ん張 りに期待した。外務省は「十分説明して、理解を得るように」と近藤に指令を飛ばした。(写真略、カメラを手に坑道を視察する近藤誠一氏(左)=2007年5月28日)

何はともあれ、自分の目で石見銀山を見ておこう。そう思った近藤は青木に会う前日、大田市を訪れた。
「なんだ、普通の山じゃないか」。それが近藤の第一印象だった。
見た目は何の変哲もない緑の山。約600ある坑道跡のうち、常に一般公開されているのは1カ所で、しかも歩ける長さは約270メートルだけだ。
ところが、「先人たちは木を切ったらすぐに植林し、地崩れ防止に竹を植え、緑を維持してきた」という市の幹部の説明を聞いて、心中、ひらめくものがあった。〈環境に優しい銀山〉というキャッチフレーズなら、このご時世、国際社会にも十分にアピールできるのではないか……。
このアイデアを携え、近藤は改めて20の委員国への根回しに乗り出す。

文化庁や地元の関係者、専門家らには、ユネスコのあるパリに来てもらって戦略を練った。委員国に駐在する日本大使らにも、後方支援を頼んだ。
クライストチャーチでの委員会直前には、石見銀山の価値を英語、フランス語でそれぞれA4判1枚にまとめたペーパーをカギを握る国に配った。
そこには、「17世紀初頭には石見産の銀が世界の銀交易量の3分の1を占めた」といった紹介文とともに、“Environmental friendliness”(環境への優しさ)というキーワードが盛り込まれ、とくにその点を強調するために下線が引かれてあった。

鉱山国である南米のチリが、そこに反応する。委員会当日の早朝、「登録を支持する」との連絡が近藤にあった。近藤は丁重に礼を述べつつ、「委員会ではチリが真っ先に発言してくれませんか」と頼み込んだ。

世界遺産委員会は、全会一致が原則だ。しかも、一つの候補の登録の是非に関する議論は平均10~15分ほどしかない。委員には専門家もい るが、約半数は外交官。学術的な議論をする余裕はなかなかない。「最初に流れができてしまえば、こちらのもの。弁の立つ欧米の専門家も反対しにくいは ず」。近藤はそう読んだ。
議長にも根回しをした。チリ代表の席は最前列の端で、議長からは見にくかったからだ。「チリが一番先に発言したいと言っていたから、ちゃんと見ておいてください」

そして本番。打ち合わせ通り、チリ代表が口火を切る。
「緑の鉱山というのは実に素晴らしい。環境が重要ないまの時代に石見銀山を登録することは、世界遺産の歴史に新しいページを開くことになる」
チリに続いてモロッコ、ケニア、インドなども次々に賛成に回る。勝負はついた。「反対はないですね」と議長が念を押す。こうして、石見銀山の登録が正式に決まった。

今年2月、記者(松田史朗)は青木を東京の事務所に訪ねた。青木は「近藤さんが非常に熱心に最後まであきらめずにやってくれた成果じゃないかなあ」と大逆転劇を振り返った。
だが、その近藤も石見に続くチャレンジでは、憂き目を見ることになる。
(文中敬称略)(以下、年表略)

[Part2] 平泉は落選。魅力あるキーワード見つからず。 「初めから英語の論理で推薦書を書け」 http://globe.asahi.com/feature/090302/01_2.html

08年5月、日本が石見銀山に続く登録を目指した「平泉-浄土思想を基調とする文化的景観」は、またもやイコモスから「登録延期」を勧告された。
近藤誠一は再び逆転に賭ける。が、今度は苦杯をなめた。同年7月、世界遺産委員会はイコモスの勧告通り「登録延期」、つまり平泉落選の結論を出したのだ。(写真略、平泉PR用の英文パンフレット第2弾には「Absolute Peace」(絶対平和)のタイトルがある)

二つの遺産がともに厳しい評価を受けたのは、世界遺産の数が増え、審査が年々厳しくなっていることも関係している。
明暗を分けたのは何か。近藤の答えは明快だ。「石見銀山は逆転に向けたキーワードがあった。平泉はそれがなかった」
平泉は、中尊寺金色堂などで知られる。「平泉にはもちろん重要な価値があるが、石見銀山の時のように一言で表すキーワードが見つからない。浄土思想は日本 人にはなじみが深いが、欧米人には仏教の一派としか映らない。浄土を英訳すると『ピュアランド』でしょうか。でも、欧米人に真意は伝わりにくい」
委員国回りも石見銀山の時よりもう1巡増やして、3巡した。平泉を小型の模型にして説明するなど工夫もしたが、委員国の反応はいま一つ。
「周囲には直前まで『いける』と言い続けましたが、心の奥では、委員会の2、3日前の時点で、厳しいかもしれないと思っていました」

近藤はあえて無理をしなかった。
「ひょっとしたら委員国に『そこを何とか』と頼めばもう一度、登録にこぎつけたかもしれない。実際、石見の時に応援してくれた2、3の国の大使は今回も支 持してくれるつもりでいたようです。しかし、石見では政治的に動いたつもりはなかったのに、そう思われてしまった。それを二度も続けてやれば、国際社会、 世界遺産委員会における日本の地位を落としかねないと恐れたのです」

近藤の脳裏をよぎったのは、石見銀山の登録を決めた直後の、ある「事件」だった。
世界遺産委員会の議長がイコモスの代表に、「登録決議に盛り込むために、石見銀山が登録に値する理由を書いてもらえないか」と要請した。イコモス本来の役割ではないが、その専門性に期待して依頼したのだった。(写真略、中尊寺経堂を現地調査するイコモスの関係者ら=2007年8月)

ところが、イコモス側代表は、にべもなかった。
「登録に必要な、〈きわだった普遍的価値(OUV)〉があると判断したのは委員会。私たちは石見銀山にはOUVが証明されていないと今も思っている。OUVがあることを前提にした、書き直しには応じられない」
「やはり、日本が裏で政治力を使ってひっくり返したと思われているのか……」。近藤はその出来事がしばらく頭から離れなかった。
確かに、イコモスが石見銀山の登録延期を勧告した07年5月以降、日本の委員国への説得攻勢は、ユネスコ関係者の間で話題になっていた。
近藤は「日本は『石見銀山には価値があると思う』という言い方に徹して、『登録にして欲しい』とか、見返りに政府の途上国援助(ODA)を持ち出すなど一切しなかった。具体的な政治的要請と受け取られないよう、言葉づかいにも気をつけていたのですが」と振り返る。

「平泉」落選のショックを経て、世界遺産候補を抱える自治体の多くが一斉に目覚めた、と文化庁幹部は言う。
「各地とも世界遺産の基準をより精査し、大胆な見直しに着手し始めた」
いま駐デンマーク大使の近藤は、候補遺産を抱える自治体から相談を受けると、こうアドバイスしているという。
「相手にわかってもらえる論理で説明するのが大事。日本語の論理で書いたものを英訳しても、国際社会では半分くらいしか伝わらない。国際基準に合った論理で、初めから英語で推薦書を書くことです」

(文中敬称略)

以上、引用終わり

なお、今回は石見銀山、平泉の記事を引用しましたが、他の記事も面白い記載があります。世界遺産について詳しくお知りになりたい方は必見です。
朝日新聞グローブ 世界遺産というパワーゲーム 2009年3月2日 NO.11
〇平泉の観光について
111027平泉の観光001をダウンロード
〇<参考資料>平泉町内の指定文化財
111027平泉町内の指定文化財をダウンロード
以上、世界遺産、観光について紹介しましたが、一番の収穫は、私が平泉駅を降りて感じた「街並み・景観」です。明日以降、平泉町の景観に関する取り組みをご紹介します。
↓平泉駅前の風景
PICT0697 PICT0691
PICT0692
↑平泉駅前のニューデイズ、景観に配慮した看板に注目
PICT0705←道路上の設置物にもカバーをして景観に配慮

 

 

観光厚生常任委員会の視察 二日目 平泉町について

少々遅れたご報告で恐縮ですが、観光厚生常任委員会行政視察の二日目「平泉町」についてご報告します。

平泉町にある『平泉 -仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群は平成23年6月26日(現地時間25日)にユネスコ 世界遺産委員会で世界文化遺産に登録することが決まりました。今回の行政視察では観光という観点から平泉を訪問することになっていました。なお、世界遺産に今年登録されたということもあり、文教常任委員会とは平泉町役場で合流しました。

平泉町からは町長、議長、観光商工課補佐、世界遺産推進担当補佐、議会事務局長が出迎えてもらいました。

説明があった資料は次の通りです。

111027平泉001