午前中に市民の方から相談を受け、午後から平成23年度 鎌倉市戦没者追悼式に出席しました。
当式の所管である観光厚生常任委員会委員長として来賓として舞台で着席させていただきました。
鎌倉市遺族会会長の追悼のことば、そして表彰された遺族会会員を代表された方の祝辞、ともに胸を打つものがありました。とりわけ、表彰された遺族会会員を代表された方の挨拶は目頭が熱くなりました。ご尊父様の満洲への出征、ご母堂様が幼子3人を抱えての東京大空襲からの避難、長野県への疎開、終戦、昭和28年(か昭和29年のどちらか)にご尊父様戦死の通知と初めて見るご母堂様の号泣する姿など、戦争の悲惨さ、平和のありがたさを改めて感じずにはいられませんでした。
以前ブログに書きましたが、私の大叔父の「飯野忠男」は、昭和19年1月4日にパプアニューギニアのカビエン付近で敵機の攻撃を受け、左脚切断の重傷を受けながらも指揮を継続し、後に出血多量によりラバウルで死去しました。
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大叔父のように祖国、同胞、そして愛する者を守るために、身を賭して戦いそしてお亡くなりになった方々の御霊に対し慎んで哀悼の意を捧げます。

