12月6日の一般質問の原稿をアップします

12月5日に本会議が始まり二日目の6日に一般質問を行いました。

今回の一般質問の内容は次の通りです。なお、原稿ですので若干の変更があります。

1、子どもの安心・安全、居場所について

2、芝生化について(校庭等)

3、防災・危機管理対策について

以下、原稿についてアップします。最近は議会の準備等がありHPの更新ができず申し訳なく思っております。

1、子どもの安心・安全、居場所について

私はこれまで、子を持つ親の視点で「子供を守る」ということを念頭に活動してきました。今回は最近、色々な方からお聞きした身近な子どもの安全ということに着目して子どもの安全をどう守っていくのか、昔から「子は社会の宝」と言われておりますが、そのような姿勢を以って市が子どもの安全に対する施策を行っているのかなどをお聞きしたいと思います。

2012年1月20日発行の清永賢二氏の「犯罪から子どもの安全を科学する」に「警察統計は語る」という章に、警察庁が発表している統計数字を追い、事件として処理された子どもの危機を調べたところ、子どもの危機は減っているが、重大犯罪は確実に発生していると記載されています。これは印象ですが、私も防災鎌倉メールに登録をしていますが、最近、写真を撮らせて、お菓子をあげるから一緒に行こうなどという不審者情報が増えたような感じを受けています。特に感じるのはかつては「一人で歩くと危ないから複数で歩きましょう」と言われていたのですが、今年10月5日のメールでは植木・玉縄地区で「複数で歩いている場合」でも不審者が声を掛けてくるということがありました。幸い、近くに保護者がいたため大事には至らなかったそうですが、保護者の不安は私も含め増しております。

(1)防犯対策について

ア、最近、防犯メ-ルで不審者情報を多く目にする。1人で歩くと危ないから複数で歩きなさいといっていたのに複数でも危ない。傾向として不審者は増えていないのではないかという印象はありますが、いかがでしょうか。

イ、このような不審者について、何か市に対策はあるのか。

ウ、パトロールカーが回っていますが、午前中の子どものいない間に青パトが回っても安全対策にならないのではないか。確かに空き巣対策などにも必要かとは思うが、更に子どもの安全を図っていくという点で何か工夫はできないでしょうか。

エ、防災鎌倉メールに登録されている保護者と学校からの緊急連絡メールの保護者の登録者数を比較すると、当然、緊急連絡メールの方が多いと認識しています。保護者の集まりで、学校からの緊急連絡メ-ルで不審者情報を流してほしいという要望があったと聞いていますが、まだ実施されていません。是非とも実施すべきだと考えますがいかがですか。

オ、また、学校では近隣で起きた不審者情報に関してはプリントで配布しているようですが、これだけ交通機関が発達しているのですから、不審者の移動も容易であることを考えると、先生はどこで何が起きたのか、子どもに知らせるべきである。そうすれば子どもも気をつけると思うがいかがか。

カ、防犯ブザ-をランドセルにしまったままの子もいる。親も子供を注意すべきだと思いますが、学校ではどのような指導をしているのでしょうか。

キ、ネット犯罪が増え、写真を撮らせてくれというものも増えている。学校での対策は。

ク、学校では防犯に精通した方を読んで防犯教室などを行っていることは知っています。しかしながら、「身近な危険から子どもを守るための小冊子」を作成し配布しているということはあまり聞いたかとがありません。子ども危機回避研究所所長の横矢真理氏の「身近な危険から子どもを守る本」というものがあります。この中には「お留守番の日」のケースで「誰もいない家に帰るときは」「チャイムがなったどうしよう」「電話のベルがなった、どうしよう」等々、「友達と講演へ」というケースでは「死角になる場所には近寄らないほうがいい」「カメラ付き携帯で盗撮されちゃった?!」「公園に危険はあるの」「近所のおばちゃん助けて」等々、他にも色々なケースが紹介されています。質問の聞取り段階では文科省のA4の1枚の紙を配布していると聞いていましたが、私は子どもにわかりやすく、親子で防犯について学べる小冊子などを作成して配布すべきではないか。また、授業などでも取り上げて、もっと学校で積極的に防犯に取り組むべききではないでしょうか。

(2)交通安全について

ア、学童等交通安全誘導員、いわゆる緑のおばさんが一昨年廃止されるとなったときに、私はシルバー人材に委託し残すべきだと主張し、富士見町駅のみが残りました。その際のやり取りで、市は担い手を地域住民に委ねようとしていたように記憶しているが、その後の進捗状況はどうなっているのか。

イ、私が住んでいる深沢地区の交通の問題として、手広の深沢消防署付近の横断歩道やグルメシティの交差点などは、交通量が多いのですが、信号がないため中々横断できない。手広の横断歩道では20台以上待ったが誰も止まってくれず、最後は江ノ電バスが止まってやっと横断できたと聞きました。また、八雲神社の交差点は右折の巻き込み事故が時々発生しており地域の方から車と歩行者の信号を分離、いわゆる車歩分離にして欲しいということをよく耳にします。これらの信号に関する問題について市はどのように取り組むのかお聞きします。

ウ、常盤八雲神社近くの歩道は自転車が通行できないと書いてあるが住民が守らない。このような自転車が通行してはいけない歩道を自転車が通行するということに関して対策はあるか。

エ、これは政策法務研究会での自転車条例に関する議論でもありましたが、改めて確認したいのでお聞きします。最近、ヘルメットをかぶらないで自転車に乗っている子が多い。親が注意するのは当然ですが、本当にかぶっている子が少ないと思います。学校でプリントを配布し保護者から注意を促してもらうなど、対策はできないか。

オ、最近、子どもの交通事故が多いと感じています。傾向としてはいかがでしょうか。また、対策はどのようにとっているのか、学校ごとに見るとどうか。

(3)子どもの居場所について

ア、鎌倉市には、他市から遊びに来るような公園がない。遊具も設置して一日過ごせるような魅力のある公園をつくれないか。

イ、例えば、野村総研跡地に暫定利用でもいいのですが、遊具などを置いて子どもが一日遊べるような公園を作れないでしょうか。一日遊ぼうと考えた親子が藤沢市の新林公園や平塚市の平塚総合公園などにいっているという事実を市はよくよく考えてもらいと考えてもらい。この点はいかがでしょうか。

(4)安心・安全について

ア、深沢小学校の外壁の一部が落下して、落下した周辺が立ち入り禁止になっている。なぜ落下したのか。原因は、鉄筋の錆によるものなのか。また、外壁改修はいつごろ行っているのか。

イ、外壁改修を行い、直したからといって心配はぬぐえない。今後、このようなことが起きないよう日常の点検をどのように考えているのか。また、点検等で指摘された事項について、どのような修繕計画をたてるのか。

ウ、中学校の外壁の調査・点検は緊急にすべきだと思うがいかがか。

2、芝生化について(校庭等)

ア、小学校2校で芝生化の検証作業を行った結果、維持管理に課題があると聞いているが、その後の進捗状況はどうなっているのか。

イ、環境面だけでなく、校庭で遊ぶ子どもの安全面や砂埃の防止など芝生化は、学校にとって有用なので、学校・PTAに働きかけ、進めていくべきだと思うがいかがか。

ウ、子どもは芝生で遊んだ経験が少ない。例えば、公園を自主的に芝生化したいといってきた場合、どのように対応するのか。

3、防災・危機管理対策について

ダイヤモンドオンラインで掲載されていたジャーナリスト吉田典史氏の「「生き証人」が語る真実の記録と教訓~大震災で「生と死」を見つめて 」「3.11の「喪失」~語られなかった悲劇の教訓」などを読み、鎌倉市に該当する事項について是非取り組まなければならないという思いで質問させていただきます。

ア、ミニ防災拠点である学校が、津波等により浸水・水没した場合に備えて、ゴムボ-トを備えておいてはどうか。

イ、仙台市は避難指示を出した。ところが、避難所へ避難した住民の数は、指示が発令された地域全体の対象者数の10%を切ったと報道されている。前回の一般質問で「避難指示、避難勧告の基準」を作ると答弁していたが、その進捗状況について聞きたい。

、「自助7割」「公助1割」の意識、京都大学教授 河田恵昭 (かわた よしあき)。『高知新聞』2006年1月27日付朝刊掲載分『災害が起こる前、住民は自助1割、共助2割、公助7割と思っている。防災は県や市町村がやればいいと思っている。ところが、災害が起こると自助7割、公助1割と分かる。

 内閣府は東南海・南海地震の地震防災対策推進地域に21都府県652市町村(2003年12月現在)を指定しているが、陸上自衛隊は70人規模の中隊を200隊しか出せない。つまり、3分の1足らずの市町村にしか入れない。

 高知県は孤立集落がたくさん出るだろうが、県の防災ヘリコプターも食料や水の輸送どころでなく、県内の被災状況の情報収集に当たらなければならない。外の力は当分、あてにできない。

 現在、自主防災組織の活動が強化されようとしているが、まずは自分がけがをしないこと。けがをしたら防災組織の活動にも参加できない。また当面の食料や水は自分で用意する。災害対応は行方不明者の捜索が優先され、生存者の対応は無視されることがある。』

また、防災・危機管理アドバイザー/山村武彦氏が提唱されている自助(self-help)、近助(neighbors support)、共助(mutual assistanceミューチュアルアシスタンス)、公助(civil service)と4つ挙げ、近助の精「近くの人が近くの人を助ける=防災隣組」というものを提唱しています。東京都は2012年4月15日に「東京防災隣組」第1回認定授与式が開かれております。この防災隣組は5軒、10軒を一つのグループとして自主防災組織を細分化し、近隣同士「向こう三軒両隣」の精神で助け合うというものです。先進的な事例として、宮城県気仙沼市唐桑町小鯖地区では「犠牲を最小限度に留めた防災組織として」では、防災隣組災害時安否確認家族カードというものを自主防災組織で配布回収し毎年見直しも行っているという事例があります。

「行政にできることには限界がある」という現実を知らなければならないと思う。そのことを市民に知らしめて行かなければならないと考えているがどうか。また、このような「近助の精神」「防災隣組」「防災隣組災害時安否確認家族カード」のじれいなどを自主防災組織に紹介し、公助の限界を市民に知らしめていく必要があるが、市の対策はどうか。

エ、被災地の消防団員から聞き取りをしているNPO法人「環境防災総合政策研究機構」の松尾一郎(まつお・いちろう)理事は「団員の命を守り、水門閉鎖などの負担を軽減する方向で議論を進めないといけない」と提言。15分ルールを評価する一方、「一般市民である消防団員は消防職員以上に身を守る装備が必要」と指摘する。消防署員の死亡者は23人、行方不明者2人だった(12年3月11日現在、消防庁調べ)。総務省消防庁によると、東日本大震災で死亡した消防団員は252人、行方不明者2人(12年3月11日現在)。

 消防団員と消防本部の職員の装備を比べると、差はある。東北3県で犠牲になった消防本部の職員は27人であるのに対し、消防団員は253人。この差はもしかすると、「装備の差」と言えるのかもしれない。救命衣は必須とし、団員の間で連絡がきちんととれるような連絡手段、たとえば、小電力型のトランシーバーを全ての団員にあてがうべきという記事を見た(NPO法人環境防災総合政策研究機構の松尾理事)。震災当日、消防団の車両に1つしか無線がなかったのを記憶している。消防団における連絡手段の確保の状況は。

オ、都司嘉宣(つじ よしのぶ)東京大学地震研究所准教授=東松島市(宮城県)の海岸付近にある野蒜(のびる)小学校、標高8メートルほど、避難所に指定、避難者が全滅した。石巻市(宮城県)の雄勝町分浜に寺院がある。その寺は標高12メートルにあり、避難所に指定、津波が寺まで来ることを察知した住民らは、さらに高いところを目指し死者ゼロ。→ 「標高15メートル以上のところにある建物で、その中から外の状況、特に津波が来る方向を一望できること。そこから、さらに高い位置の避難所に移動がスムーズにできること。これらは少なくとも要件といえる」。鎌倉市の指定いる避難所はどうか?鎌倉市の津波避難場所の考え方(さらに高い場所へ移動できる場所)

カ、「都司嘉宣 鎌倉の大仏殿流失 明応東海地震説は誤り」という指摘が産経ニュース2012.7.16 08:25の記事に出ていた。「ただ、明応東海地震の津波で破壊されたという主張が間違いであることは確実だ。この説は意外なほど広く浸透しているが、万が一にも、神奈川県や鎌倉市の防災計画が誤解釈の影響によってゆがめられたら、大変なことになる。」との指摘がなされているが、市はどのように考えるか。また防災計画についてはどのようになっているか?

キ、『4月に南三陸町へ取材で行った際、元消防団員や住民から、「町長が震災当日、町役場職員らに指示した内容や避難のタイミングの意図がわからない」と聞いていたからだ。』宮城県南三陸町の町長が、町役場の多くの職員が「職責」により逃げ遅れ、津波で亡くなったことの事情を遺族に説明し、謝罪したことを報じたという記事を見た。町役場に勤務する24歳の女性は、津波が押し寄せる寸前まで町民に向けて避難をマイクで呼びかけた。ついに逃げ遅れ、行方不明となった。「警官だから……」「消防団員だから……その死はやむを得ない」と「職責などで死んだことは仕方がなかった」という世論や空気がある。私はその点は考えなけらばならないと思う。なぜなら亡くなる人には家族がいるのだから。どこまでがんばり、どこで逃げさせるのかの判断をどうしていくのか。そして、現場にどう指示していくのか、市の考えを聞きたい。避難誘導や情報提供にあたる職員などの安全確保対策について。

ク、当日の津波の実態をあまり知らされずに水門などを急いで閉めに行ったケース、逃げようとしない住民らに避難を呼びかけたりして亡くなっているケースなどがある。消防団員、町内会長、民生委員らの負担を減らすために市はどのようにすべきと考えるか。

ケ、重大な災害が発生した場合には、全ての職員が24時間体制で対応にあたることになる。ミニ防災拠点である学校においても、このような災害時には、校長以下、教職員が、施設の被害状況を速やかに報告するなど対応に追われる。そのような非常時体制を維持するためには、災害対応に携わる職員のための食糧等の備蓄は欠かせない問題である。市としては、こうした場合の備えを考えているのか。

コ、今回の東日本大震災では、児童、生徒がなくなる痛ましい事例がありました。例えば、児童108人の7割に当たる児童74人、教師10人、園児5人を乗せたバスが津波を向かったとされている「石巻市のひより幼稚園」、こちらは訴訟提起が保護者からありました。悲惨な出来事をどう受け止め、防災に活かしていくのか。

サ、児童生徒の避難場所をHP上で分かるようにしてもらいたい。また、保護者がわかるようにHP上でマニュアル等を公開すべきと考えますがどうか。

シ、福祉避難所=高齢者や障害者、妊婦ら災害時に援護が必要な人たち(要援護者)に配慮した市町村指定の避難所。耐震やバリアフリーの構造を備え、介助員を置くことなどが条件で、老人ホームや障害者療護施設が多い。県内は8月27日現在で228施設が指定済み。県は1小学校区に1施設を基準とし、年内に314施設(他に旅館・ホテル12施設)の指定を目指す。それで約2200人分を確保できるという。県内の要援護者は推計20万人。 ( 2012-11-18 朝日新聞 朝刊 大分全県 1地方 )鎌倉市の取り組みはどうなっているのか?鎌倉市における福祉避難所の取り組みは。

ス、建物の崩壊を減らすことも減災だが、助かった命を失わせない(震災関連死)ことも減災だ。この減災に対して、市はどのような取組を考えているのか。

セ、残された遺族に対する心理面でのケアについて市はどう考えているのか。

ソ、家族や友人・知人とは普段から連絡方法を取り決めておくこと。また、外出の際は食べ物や常備薬を携帯するのを習慣化すると、いざという時に役に立つ。防災教育のひとつに取り入れてみてはどうか。

タ、群馬大学の片田敏孝先生が釜石市の防災・危機管理アドバイザーとして小中学生らに訴えてきたことは、端的に言えば、「大きな地震があれば、直後に津波が来ることを自らの意思で考え、想定に囚われることなく、率先して避難すること」だった。時の経過とともに減少していく防災意識をどう維持していくか考えなければならないと思うが、学校はどのように受け止めているのか。具体的にこれまでどのように取り組んできたのか。

チ、時の経過とともに減少していく防災意識をどう維持していくのか、市の考えは。また、啓発を図ると同時に市民の防災意識がどの程度で推移しているかのメルクマールになる、意識の把握のために2000世帯などの無作為抽出によるアンケート調査の実施をお願いしたい。

ツ、ミニ防災拠点にある備蓄倉庫には、どの程度の食糧等が蓄えられているのか。また、その備蓄量は被災者数と避難日数をどの位に想定したものか。

テ、『八戸市の事例、市災害対策本部によると、市は3月11日午後3時5分、沿岸部の1万2859世帯、2万9857人に避難指示を出した。指示の解除は13日午後6時2分。指示通りに行動すれば、3万人が沿岸部以外で最低でも2夜を明かさなければならなかったはずである。

 避難指示の対象3万人に対し、計画上の想定避難者数は2千人弱。その乖離(かいり)はあまりに大きい。3万人の受け皿となる対策を含め、防災計画を抜本的に見直す必要がある。』東奥日報 2011,5,1

では、鎌倉市で旧鎌倉地域の方々に避難指示が発令された場合の世帯数と人数はどこに避難するのか、避難場所はどうするのか?また、事前の想定を上回る人が押し寄せたことで、足りなくなったという事例が起きている。どのように対応するのか(市防災計画/避難者数 想定の5倍)。

鎌倉市で旧鎌倉地域に避難指示が発令された場合、どこに避難するのか。また、備蓄品は足りるのか?

ト、石油ストーブ、燃料、毛布、食料、水などを整えるべきだ。特にその地域の住民が多数避難してきても、1週間前後は対応できるくらいの体制にはするべき。特に海岸地域は本当に考えなくてはいけないが、どうか。特に、海岸地域は、多数の住民が避難してきた場合に対応できるだけの体制が必要であるがどうか。

ナ、津波、建物の倒壊の巻き添え、倉庫自体の倒壊など、防災備蓄倉庫の安全性はどうか。また、備蓄倉庫を補完するような手立ては講じられているか。

ニ、東日本大震災では被災後も自宅生活を続けた在宅被災者は、食糧や物資が届かないなど支援の網の目からこぼれ落ちていた。こうした被災者にも食糧や水の供給に支障がないよう予めル-ル作りをしておいてはいかがか。

ヌ、以上の質問を鑑みると、備蓄に関する問題を考えれば、先程申し上げました自助が7割ということを改めて感じます。前回も申し上げました企業、個人に1週間程度の水食料の備蓄を罰則なしの努力義務を課す条例が市民の啓発のためにも必要と考えるがどうか。

ネ、緊急事態対策計画の進捗状況はどうなっているのか。

ノ、安定ヨウ素剤の備蓄について伺いたい。

ハ、「子どもの安心・安全、居場所について」「芝生化について(校庭等)」「防災・危機管理対策について」質問してきたが、最後にこれらについての見解を市長に聞きたい。

 

以上

参考:南海地震ー関連ニュースー河田恵昭・京大教授講演から・下 「減災」の戦略計画を  

高知新聞2006年1月27日付朝刊掲載

 安政南海地震級のマグニチュード(M)8・4の南海地震が発生した場合、昭和の南海地震(M8・0)と被害はどう違うのか。

 高知県沿岸は震度7―6弱になり、大半の古い木造住宅は倒壊する危険がある。倒壊した建物で道路がふさがれ、避難も容易にできない。他地区との連絡道路も斜面やがけの崩壊で当分、通行できず、高知市さえも陸の孤島になるだろう。

 漁港内の船や養殖いかだは津波で陸に運ばれ、家屋を壊し、道路をふさぐ。防波堤があると、来襲した津波は容易に沖に戻らず、陸のはんらんは津波が来る度に広がる。

 【写真説明】2004年12月26日、スマトラ沖地震で津波に襲われたインドネシア・アチェ州の町(省略)

 □まずは自助

災害の危機管理の基本は、災害の起こり方、災害時の弱点を知った上で対策を知ることだ。いきなり対策を知っても意味がない。例えば高潮と津波は違う。高さ5メートルの護岸で5メートルの高潮は防げても、5メートルの津波は防げない。津波は海面から海底までほぼ水平方向に動いており、護岸に当たると高さを増し、護岸を乗り越えてくるからだ。

 災害が起こる前、住民は自助1割、共助2割、公助7割と思っている。防災は県や市町村がやればいいと思っている。ところが、災害が起こると自助7割、公助1割と分かる。

 内閣府は東南海・南海地震の地震防災対策推進地域に21都府県652市町村(2003年12月現在)を指定しているが、陸上自衛隊は70人規模の中隊を200隊しか出せない。つまり、3分の1足らずの市町村にしか入れない。

 高知県は孤立集落がたくさん出るだろうが、県の防災ヘリコプターも食料や水の輸送どころでなく、県内の被災状況の情報収集に当たらなければならない。外の力は当分、あてにできない。

 現在、自主防災組織の活動が強化されようとしているが、まずは自分がけがをしないこと。けがをしたら防災組織の活動にも参加できない。また当面の食料や水は自分で用意する。災害対応は行方不明者の捜索が優先され、生存者の対応は無視されることがある。

 □伝承の活用も

関東大震災以降、日本では地震に壊れない建物、津波に強い防波堤を追求してきたが、想定を上回る地震・津波は起きる。被害をゼロにすることはできない。

 だから防災の目標を、ある程度被害が出ることを考慮して、被害の拡大を抑え、被災した社会を早く安定させるような目標に変えなければならない。想定以上の災害が起これば「お手上げ」ではなく、少しでも被害を減らす「減災」を考えなければならない。

 その防災・減災の主役は県民。一人一人が自分のこととして考えていかなければならない。それをサポートするのが技術者や専門家だ。

 スマトラ沖地震で、インドネシア・アチェ州のある島は15メートルの津波に襲われたが、死者はわずか5人だった。1907年の津波で多くの島民が死に、潮が急に引いて魚が跳ねる現象が起これば高い所に逃げろ、という歌ができ、伝承されてきたからだ。

 防波堤や警報システムをつくるのも大事だが、それだけで被害が激減するものではない。津波教育や伝承などと、どう組み合わせるかだ。

 次の南海地震は2030年から2040年の間に起こる確率が一番高い。うまくいけばあと30年ある。高知県も長期的な減災の戦略計画を立て、5年ごとの達成目標をつくり、きちんと遂行されているかチェックしていくことが大事だ。知事が代わろうが、計画は粛々と継続していかなければならない。

2006年1月27日付朝刊掲載

以上、引用終わり