平成22年度最後の市有財産評価審査会に出席しました。
今回の諮問件数は9件でした。また、現地視察は大町釈迦堂口遺跡に行きました。
大町釈迦堂口遺跡を市が購入する議案が2月議会で市長から提出されるとのことでした。
市の文化財課担当者によれば、取得後は調査を行い整備した後に市民に公開する方針だそうです。
大町釈迦堂口遺跡については下記の記事をご参照ください。
以下、引用開始
鎌倉の「大町釈迦堂口遺跡」が2010年度にも国の史跡に指定へ、未知の廃寺跡の可能性
約1万5千平方メートルに及ぶ同遺跡からは、国の重要文化財にも指定されている「青磁の鉢」などが出土している。
敷地内にはトンネル状に山肌をくりぬいた釈迦堂口切通もある。
周辺の山腹には中世鎌倉特有の横穴式墳墓「やぐら」も良好な状態で数多く残されている。源頼朝暗殺をたくらんだ木曾義仲の家来の娘「唐糸(からいと)」を幽閉したとされる「唐糸やぐら」はその代表例だ。
地元では1940年ごろから、時政の邸宅跡との見方が有力視されてきたが、私有地だったため、大規模な調査は行われていなかった。
ところが、07年になって遺跡用地が不動産開発業者に売却され、宅地造成の計画が浮上。市民から保護を求める声が上がり、市は08年7~12月、国と県の補助を受けて発掘調査へと踏み切った。
出土したつぼやかわらけなどの遺物調査から、遺跡の土地造成の年代が13世紀後半と判明した。13世紀前半に没している時政とは明らかに食い違う結果となった。また、新たなやぐらが29基も確認され、確認済みのものと合わせ、計64基の一大やぐら群であることも分かった。
このほか、火葬が行われた痕跡も発見。やぐらの存在と合わせて宗教的な施設の可能性が高い上、一般住居にはない柱の礎石や「青磁の鉢」など高価な出土品から、それなりの格式を持つ施設と考えられるという。
市教育委員会文化財課は「今のところ文献と合致する例はないが、未発見の廃寺跡の可能性も考えられる。やぐらと平場の遺構が一体で残され、希少かつ貴重な事例。遺跡は15世紀にかけて段階的に造成されており、中世の土地造成の過程が明らかになる点でも価値が高い」と指摘している。
市はことし1月、文化庁に史跡指定を意見具申しており、国の文化審議会で認められれば、夏ごろにも史跡指定される。遺跡用地は、史跡指定後に取得するという。
同研究会は、鎌倉をはじめ全国の国宝や史跡などの研究に当たる市民らの団体。IT(情報技術)を活用して鎌倉の地域振興活動にあたる市民団体「ICP地域振興協会」との連携事業として、講演会を企画した。
講演は「守られた鎌倉の中世遺跡」と題して行われた。同遺跡では2007年に宅地開発計画が浮上。市民から保全を求める声が上がった経緯がある。
八幡会長も保全運動に尽力した1人で、講演活動などを通じて遺跡の重要性を紹介してきた。この日の講演会では、そのような経緯を指摘しながら「史跡指定にはあきらめずにがんばった地元の方々の熱意があった」と振り返った。
同遺跡は名越ケ谷と呼ばれる谷戸の一画にあり、面積は約1万5千平方メートル。造成された平場には建物跡があり、取り囲む丘陵部では横穴式墳墓「やぐら」が64基確認されている。鎌倉幕府初代執権・北条時政邸跡との説もあったが、発掘調査の結果、年代の違いが明らかになった。未知の廃寺跡の可能性もあるとされている。

